御門は、宮家と一般との接点ともいえ、公家や御用絵師、御用達商人など、往時はみなこの御門から出入りしたと言われている。因みに現在、天皇家の方々が御所に入られる際は、丸太町通の「堺町御門」からと決められている。いずれにしても、上、中、下と「立売」と名が付く通りが三本もあるから、さぞや京都の街には多くの屋台や露天商が存在したのだなあと思うが、逆に疑問も生じる。御所という特別な場所の近くに、或る意味で得体の知れない露天が多く集まっていた、というのはどうも納得がいかない。
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仮に今の時代に置き換えるなら、皇居の周りに縁日のような露天がたくさん集まってきたなら、きっと警備員に排除されるだろう。と同じく、というより、往時は今とは比べようもないほどに身分に厳しかった筈で、そう考えると、御所の近くに集中して立ち売りが居たとは想像し難い。